認知症・あなたは大丈夫?(物忘れ外来体験記)
 

物忘れが気になるあなたへ 最近とみに物忘れを自覚することが多くなってきました。「人や物の名前が思い出せ ない」「めがねや携帯電話などを置き忘れする」「人と会う約束や日時を間違える」など 例を挙げればきりがありません。もともと頭の出来が良くないことは自覚しているものの 「もしや認知症(痴呆)の始まりではないか」そんな思いがよぎってきました。

認知症を 診断する「物忘れ外来」のあることは、知人に聞いていました。しかし、医師といえども 秘密にしておきたい個人情報を打ち明けるのは抵抗を感じます。しばし迷ったあげく 受診することにしました。 わが家のすぐ近くに「脳神経外科医院」があります。院長は元順天堂大学附属病院 の脳神経外科医として、長年脳血管障害を専門にしてきた医師です。今でも非常勤と して大学病院で診察しています。50歳がらみの温厚で研究熱心な先生です。このクリ ニックは大病院のような重圧感がなく、美術館のような洒落た建物で、院内は明るく開 放感があり、竹をあしらった和風の中庭が癒しの空間になっています。先生やスタッフ は親切でアットホームな雰囲気で気楽に受診できるのが利点です。

認知症、とりわけアルツハイマー病は大変厄介な病気です。ある意味では「ガンより 怖い病気」で一番かかりたくない病気といってよいでしょう。以下私の体験を踏まえ、門 外漢ながら解説を行って見ました。 女性に多いアルツハイマー病 認知症は、「アルツハイマー型認知症」と「脳血管性認知症」の2つに大きく分けられ ます。日本ではこれまで、脳血管性認知症のほうが多かったのですが、最近はアルツ ハイマー型認知症が増えてきました。そして女性に多く発症するとの報告があります。 アルツハイマー病は、βアミロイド蛋白と呼ばれる異常な蛋白質が脳全般に蓄積す るために、脳の神経細胞が変性・脱落する病気です。

そのために、脳の萎縮が進行し、 痴呆を示すと考えられます。記憶を司る海馬(かいば)の部分が大幅に縮んでしまうこ とは分かっています。だが、まだその原因は解明されていません。発症後の症状は緩 やかに進行しますが、病状が進むと妄想、急性錯乱、独語、徘徊そして無意味な行動 が多くなり、最後には人格が破壊され廃人になってしまうと言う怖い病気です。しかも、 ポックリ逝けないところが余計悲劇的です。 脳血管性認知症は脳梗塞や脳出血など、脳や脳の血管にかかわる病気によって引 き起こされます。この原因として最も多いのは、小さい脳梗塞が多発する「多発性ラク ナ梗塞」です。脳梗塞とは脳の血管が詰まり、脳の組織が死んでしまう病気ですが、小 さい梗塞巣が1つ2つあるぐらいでは症状も現れません。

しかし、小さい梗塞巣が多発 すると徐々に脳の機能が低下して、認知症や運動の障害が起こります。脳血管性認 知症では部分的な能力低下が起こるものの、人格はある程度保たれています。いわゆ る「まだらボケ」状態が続きます。男性に多いとされ比較的短命に終わります。 認知症にかかっている人は2010年に268万人、2030年には330万人に膨らむと予 測されています。高齢者に占める認知症の割合は10人に一人、85歳以上では4人に 一人におよぶそうです。(国立人口問題研究所) 簡易知能評価 さて、受診当日を迎えました。私は受付で初診外来の手続きをすませ順番を待って いました。待合室には老人に混じって40代や50代といった働き盛りの人たちが案外多 くいました。近年、18歳~64歳までの若年性認知症が増加し深刻な問題になっている ようです。その背景には就職難、リストラ、企業倒産などが若者世代を直撃し、将来の 不安からのストレスなどによって生じる心の病が影響しているように思われます。

待合室でしばし待たされ、私の番になりました。院長から問診を受けた後、別の部屋 に移動して看護師から簡単な試験が行われました。これは長谷川式簡易知能評価ス ケールを応用した認知症のスクリーニングテストです。年齢、日時、場所や 3 つの言葉 の記銘、計算、数字の逆唱などの問題から構成されています。出題は 10 数目ありまし た。 「今日は何日?」から始まって、3つの言葉を聞いて後でそれを思い出すテスト。「確 か新幹線、パンダ、雷であったようです。」それを試験の最後に思い出して答える。ま た、別のテストでは「100から7を順番に引いてゆく」内容でした。最後に紙とペンを渡さ れて作文です。私は今の心境を一気に書きなぐりました。テスト自体は簡単ですが、緊 張しているとすらすらと答えられません。

高磁場装置の威力=VSRAD(ブイエスラッド)解析 続いてMRI検査です。MRIは今では誰でも知られるようになりましたが、つまり磁気 共鳴画像診断装置のことです。強い磁石と電波を使って身体や脳の断層像を得る装 置ことです。このクリニックではフィリップ社製1.5T(テスラ)の高磁場装置を使用していま す。この装置によって測定された高画質画像が、脳の異常をより正確に診断しています。 現在日本国内で使われているMRIは小さいほうから順に0.1T、0.2T、0.3T、0.35T、 0.4T、0.5T、0.7T、1T、1.5T、3Tの10種類あります。テスラとは磁力の強さを表す数 字で数字が大きくなるほど強力です。0.5T機を中磁場装置、1Tと1.5T機を高磁場装 置、3T機以上を超高磁場装置と呼んでいます。一般的には0.5Tの中磁場装置が広く 普及しています。1.5T機は0.5T機の九倍の性能があります。1.5T機以上の機種は設 置コストが高く、街のクリニックでの導入は珍しい様です。

アルツハイマー型認知症の初期では、脳全体では目立った萎縮はみられませんが、 脳の側頭葉の海馬(かいば)という部位が萎縮することが知られています。この装置を 利用すると海馬の微妙な変化の診断が可能となります。具体的には、脳MRIの画像か ら脳の萎縮の度合いを評価するVSRAD(ブイエスラッド) という画像処理・統計ソフトウ エアーで解析します。 轟音鳴り響くMRI検査 私は検査室に案内されました。診断受けるには上着や貴金属類、財布に時計に携 帯など金属類は全部外さなくてはなりません。心臓ペースメーカー、心臓人工弁を入 れている人は検査を受けることはできません。

検査着に着替えて、MRI 装置のベッドに仰向けに寝かされます。このベッドは電磁 波を発生させるガントリーと呼ばれる大きな円筒状の穴へとスライドしていきます。ヘッ ドホーンからクラッシクの曲が流れてきました。検査時間は30分とのことでこのままゆっ くり寝られると思いきや、突然工事現場のような音が耳元から聞こえてきました。「ガッ ガッガッガッ」「ゴンッゴンッ」「ビーッビーッビーッ」「ビッビッ」と波長の異なる轟音にさら されながら、じっと我慢の時間を過ごしました。閉所恐怖症の人にはとんだ拷問でしょ う。

MRI 検査は初めてではありません。これまでの検査は短時間に終わり、苦痛を感ず ることはありませんでした。やはり高性能機は違うものだと変なところで感心してしまい ました。

検査が終了して、院長からの結果説明です。診察室に入ると、部屋は照明を落とし 薄暗くなっていました。そこにはパソコンのモニターに MRI の画像がくっきりと浮かび上 がり、脳の断面写真が何枚も写し出されています。 高性能の MRI 診断では症状の伴わない、小さな脳梗塞や脳腫瘍や出血などの脳 の病気を発見することができるそうです。そして、脳を水平に輪切り状にして見るだけ でなく、縦方向に輪切りにして立体的に見ることも可能となります。

第一関門を無事突破 先生は「ここに脳梗塞の跡があります」と言って画像を拡大して回転させながら脳を さまざまな角度から見せてくれました。そこには 6 年前に発症した脳梗塞の古傷がはっ きりと写っていました。死滅した脳細胞や脳組織が蘇るかどうかは、まだ研究段階のよ うですが、私の脳はいまだ修復されず無残な影を残していました。そのほか脳細胞が 死滅した痕跡の「白質病変」がちらちらと見えます。そして先生は画像を精査しながら 「危険因子は見当たりません。脳血管性認知症やその他の脳疾患の心配はありませ ん。」とのことで、とりあえず一安心しました。なお、簡易知能評価の結果は、満点では なかったものの高得点でした。 先ずは第一関門を突破しました。

次の難関はアルツハイマー病の結果です。これは 「SVRAD」の画像解析に時間がかかるので後日となりました。3 日後に予約し結果を待 つことになりました。 アルツハイマー病の診断結果 そして、いよいよ運命の日を迎えました。今までいろいろの検査を受けてきましたが、 こんなに結果が気になることはありませんでした。そして前の晩に不吉な夢をみました。 それは私がアルツハイマー病の罹り、街を徘徊している姿です。 愚妻は「結果が悪くても、正直に教えてくださいね!なんなら私も一緒に行きましょう か」と追い討ちをかけます。「バカ!俺が認知症なら世の中、ボケ老人だらけになって しまうではないか」と強がりを言って見たものの不安はぬぐえません。

実は愚妻は「めま い」がするとかで MRI の画像診断を以前受けています。「若者のような脳ですね。」と院 長にお世辞を言われ、しばし有頂天になっていました。 前のように待合室で待っていたら名前を呼ばれました。私は恐る恐る診察室に入っ ていきました。照明を落とした部屋で先生は MRI 画像を丹念にチェックしています。私 は覗き込んで見ましたが皆目分かりません。「うぅ~ん」先生の一言が気になります。や おら間をおいて「全く、異常はありません」と先生。「でも、物忘れが激しいのです。」私 は食い下がりました。「それは正常な加齢現象で、歳をとれば誰でも経験することです。 あまり気にしないことですね。」と取り合ってくれません。こうして私の「物忘れ外来」の診断は何事もなく無事終了しました。

ところで、現代の医学では認知症を完治させることはできないと言われています。ど うせ治らない病気だから医療機関に行っても仕方ないという人もいますが、これは誤っ た考えです。どのような病気でもそうですが、早期受診、早期診断、早期治療は重要なことです。たとえ認知症と診断されても、初期の段階であれば薬で進行を遅 らせることができるようになってきました。ともかく薬を早く使い始めることで健康な時間 を長く維持させることが可能になっています。

治療薬としては、1999年に発売されたアリセプト(一般名:ドネベジル)が有名ですが、 昨年1月、新しく2剤の治療薬が承認されました。1つはメマリー(一般名:メマンチン)、 もう1つはレミニール(一般名:ガランタミン)です。これらの薬を組み合わせることで、か なりの治療効果があるとの報告がされています。

また、効果的な漢方薬もあります。10 数年前のことです。93 歳の父に軽い脳梗塞が 発症し、認知症の傾向がでてきました。入院先の主治医からツムラの「釣藤散=ちょう とうさん」を処方されました。この薬の服用で父は元気になり天寿を全うしました。その 効果を認めていた年配の担当看護師は、自分で飲もうとしたのか「釣藤散」をしきりに 欲しがっていました。私は父の薬を横取りされるのではないかと心配したほどでした。 その他、漢方「抑肝散=よくかんさん」には妄想や興奮などの周辺症状を抑える効 果が確認されています。2 週間~1 ヶ月飲み続けると効果が出てくると言う研究報告も あります。(NHK ためしてガッテン) 最近の医学の進歩は目覚しいものがあります。まだ時間はかかると思われますが、 アルツハイマー病を完治できる新薬は近いうちに誕生することでしょう。

毎日を刺激的に生きる 「廃用性萎縮」と言う言葉があります。人間の体は、使っていない機能はどんどんダ メになっていってしまうそうです。使うものはより増強され、発達していくというのは、生 物の進化の基本原理かもしれません。脳もまた同じことが言えます。 いつまでも感動する心をもって、常に新しいことに取り組もうとする好奇心と創意工 夫が脳の活性化につながります。認知症にならないためにも日頃の心構えが重要で す。古希を過ぎればあちこち悪くなってくるのは当たり前。ポンコツ車の操縦技術が問 われます。「多少の物忘れにもめげず」「些細なことでクヨクヨせず」「ストレスをためず」 「毎日を明るい気持で刺激的に生きる」 これが、認知症にならないための要諦のよう です。

今回体験した教訓を、人生設計の糧にしたいと思いますが、いかがでしょう。 本を読んだり文章を書いたりすることは、脳の活性化に大変役立つそうです。私の 脳トレのための拙文に、お付き合いいただきありがとうございました。 なお、本文はクリニック院長から聞きおよんだことと、ネットの検索情報を参考にして います。なにぶん素人ゆえ、内容の正確性には責任を負いかねます。

2012年7月15日 篠崎 春彦

 

<どうでもいい話> 「認知症」は今や「痴呆症」に代わる言葉として広く定着しています。これは痴呆とい う言葉の持つ差別性(侮蔑感)を払しょくすることを目的として、平成 16 年に専門家の 先生方が「痴呆に替わる用語に関する研究会」で決定した言葉だそうです。 しかしこの言葉には違和感があります。そもそも認知とは、知識を得る働き、すなわ ち知覚、記憶、推論、問題解決などの知的活動を総称することを意味します。ですの で、正確には認知不全症、認知困難症、認知欠落症、認知できないで症、などと表現 すべきでしょう。 ついでに申しますと、医療の現場では「ディメンツ」、介護施設では「ニンチ」「落ち た」と言っているのを聞いたことがあります。僕の子供のころは「耄碌(もうろく)爺さん」 とか「のんのん婆」と言っていました。